| タイトル |
日 時 |
2012年多喜二祭情報をまとめてみました!
もうすぐ2月です。小林多喜二の殺された2月20日が近づいてきます。全国各地の多喜二祭の情報を見たり聞いたりしたのをまとめてみました。多喜二奪還事件研究室(http://www.takijidakkan.com/)の方には、情報源のリンクつけてあります。概略は以下の通りです。伊勢崎の事件との関係では、伊勢崎多喜二祭で来賓挨拶をした大田努氏が阪神北小林多喜二祭で記念講演をします。また大田氏は2月に『小林多喜二とプロレタリア文学』を刊行します。注目しています。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2012/01/13 12:13 |
佐野厄除け大師で田中正造の墓と石川啄木歌碑に出会う!
昨日、佐野厄除け大師に行きました。その寺内に足尾鉱毒事件の解決に生涯を賭けた田中正造翁のお墓があり、その手前に若き石川啄木が詠んだ歌がありました。
夕川に葦は枯れたり
血にまどう民の叫びの
など悲しきや
盛岡中学生だった時の歌が碑になっているなんてすごいですね。
また、2月19日に佐野市中央公民館ホールで田中正造シンポジウムが開催されます。
シンポのチラシをアップしておきます。http://www.takijidakkan.com/tanaka.pdf
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2012/01/06 23:33 |
私鉄「連帯する会」OB会編纂の『合図燈』第17号に関根幸江「伊勢崎(群馬)における小林多喜二」掲載!
私鉄「連帯する会」OB会とは、「全労連・ローカルセンターと連帯する私鉄・バス・ハイタク連絡会」OB会と奥付にあります。『合図燈』17号には、第27回全国交流集会記念とあります。関根幸江さんは東武の労働者でした。伊勢崎・多喜二祭の実行委員です。
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2011/12/24 11:20 |
12月11日上毛新聞に論文名が紹介されました!
『群馬文化』308号が12月11日の上毛新聞に紹介されました。論文名なども一部紹介されましたが、拙稿「『多喜二奪還事件』 研究の現在」も紹介されました。この記事は自分で見つけた訳ではありません。群馬民主文学会の新井さんにご教示頂きました。全く別の話題ですが、13日未明に『津波てんでんこ』で有名になった山下文男氏が亡くなりました。(http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111214_3)山下氏は『綾里村鮑騒動始末記』で、群馬県伊勢崎に教師と...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2011/12/15 13:11 |
『群馬文化』第308号に「『多喜二奪還事件』研究の現在」が掲載されました!
『群馬文化』は群馬県地域文化研究協議会の発行する季刊誌であり、1957年から発行されています。昔は史学が中心の雑誌だったように感じましたが、今は歴史、文学や人物、自然や行政など「文化」に関わる論考などが掲載されるようになっています。原稿を次に載せておきます。
「はじめに
「多喜二奪還事件」とは、群馬県内では「伊勢崎警察署占拠事件」「伊勢崎署占領事件」「伊勢崎事件」などと呼ばれてきた事件である。官憲は、文芸講演会にやってきた小林多喜二・村山知義・中野重治等の講師団と地元の講演会を準備した幹...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2011/11/25 12:42 |
11月17日、共産党文化後援会の例会に論文集の紹介に伺います!
文化後援会の第135回例会が11月17日、共産党本部多目的ホールで開かれます。講師は参議院議員の大門実紀史さんです。演題は「震災復興問題と税金」です。呼びかけ文は次のようになっています。「 東日本大震災は未曽有の被害をもたらしました。地震と津波、東京電力福島原子力発電所の事故で破壊された市町村では、住宅も商店街も、役場も学校も病院も道路も橋も一からつくり直さなければなりません。そのための復興財源をどう確保するのか、また放射能汚染地域への賠償や除染をどうするのか。いま、政治のあり方が大きく問われて...
...続きを見る
ブログ気持玉 /
トラックバック / コメント
|
2011/11/15 12:53 |
北海道の宮田汎先生が伊勢崎多喜二奪還事件跡地を訪問!
11月11日午前中は雨が降ってましたが、宮田汎先生が泊まっているビジネスホテルに向かいに行きました。午前8時半頃です。宮田先生は、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の北海道の責任者です。また、北海道で起きた「集産党事件」の研究者で『朔北の青春にかけた人びと−北海道初の治安維持法弾圧、集産党事件をめぐって』を出版しています。東京に用事できたので、伊勢崎まで足を伸ばしてくれました。
@まず、1931年9月小林多喜二、村山知義、中野重治の講師陣は高崎線で前橋に向かいましたが、本庄で降り、ハイヤーで茂呂...
...続きを見る
ブログ気持玉 1 /
トラックバック 0 / コメント 1
|
2011/11/14 11:28 |