小林多喜二奪還事件のブログ

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zoom RSS 奪還事件の舞台を歩く―共栄館から約10分で警察署に到達!

<<   作成日時 : 2012/11/25 21:31   >>

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11月18日に共栄館から伊勢崎警察署へ、多喜二奪還事件の舞台を歩くを行いました。主催は日本共産党南支部、協力が伊勢崎・多喜二祭実行委員会でした。東京(千葉)から藤田廣登さんが緊急参加となり、上州名物の空っ風の中、8名でウォーキングを行いました。添付の地図は、今の地図ですが、@共栄館の跡地は、民間の有料駐車場になっています。古い写真の説明に「一心屋さんの南」とあり、今も一心屋は総合食料品店としてあります。その南がその駐車場です。38歳の参加者Sさんは、小学生の頃共栄館の周りでよく遊んだそうです。28年前に取り壊されたそうです。駐車場の中の建物の位置なども推定ができました。ここから東に200メートル程歩き、通称六県道路(ろっけんどうろ)に出たら。北に300メートル行くと、警察署です。その途中に当時の役場が右手にありました。多喜二たち(講師と地元幹部)の釈放を求めた観衆(民衆)の動きは、最低2回あったようです。講演会が始める前に、事態を説明して検束された菊池盛男氏に続いた一団、講演会が終了した後の一団。今回歩いてみてゆっくり歩いて15分、早足なら10分です。抗議にいくのに何も苦にならない距離ですね。伊勢崎警察署の歴史も、当時はやや複雑で、『群馬県史』なども写真を間違えたくらいです。西町の木造2階建ての本庁舎がありました。今の伊勢崎郵便局の隣にあったのです。隣は道路ですが、当時は警察署で行き止まりだったのです。その警察署を壊して道を作る県の指令がきます。当時から道路優先なんですね、群馬は。それで、当時の日吉町に仮庁舎が作られます。すぐ本庁舎が建設されると見込んで、安普請で作ったようです。11月に工事はじめて、12月には完成しています。『警察風土記』によると工事には署員が連日動員されたようです。ここを大正15年12月から昭和11年までつかったのです。安普請の仮庁舎だったのも幸いしたでしょう。後でここに鉄筋コンクリート3階建てがたちますが、その間別の仮庁舎が必要なわけで、近くの高校を使ったようです。最後にいせさき明治館(http://www.isesaki.ne.jp/kankoukyoukai/meijikan.html)に寄りました。ここは、黒羽根医院として長く使われ、今は現在地に移転されました。偶然ですが、この駐車場の場所に戦前の伊勢崎合同労組の事務所があったようです。これは、多喜二と一緒に菊池敏清宅で検束された斎藤力氏の織物関係の会社兼自宅の建物でした。
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